ある時、天下の本田技研の創立者で初代社長だった、本田宗一郎さんから筆者はこのような質問を受けた。
走るには→アクセル。
止めるには→ブレーキ。
これでよいか?というのであった。
筆者はこのクイズを受け、「これでよろしい」と答えたのだが、叱られてしまった。
本田さんは「君な、アクセルで走れるのなら、あそこに停めてある私の車のブレーキを外してやるから、それに乗って走ってこい」と言われた。
ブレーキなしには危なくて走れない。
筆者は完全にやり込められてしまったのだった。
続いて、「それなら止めるのはどうだ?」と問われたので、「本田さん、止めるのはアクセルです」と答えたところ、OKが出た。
ただしその時、筆者は本当の理由は不明なまま、やみくもに逆説的に答えてパスしただけのことだった。
ところが翌日、自分の車を車庫に入れている時、そのことがふっと頭をかすめ、「あっおれは今、どっちを踏んでいるのかな」と意識したら、なんと、アクセルを踏んでいるではないか!
ただむちゃくちゃに止めるのではなく、人の邪魔にならないように駐車場の仕切り線の中へ止める場合は、アクセルでその場所に入れ、最後にブレーキを踏むのである。
アクセルなしには、きちんと止めることも不可能だ。
要するに、走るにしても、止めるにしても、
アクセル(陽)とブレーキ(陰)という、互いに正反対のハタラキをする二つが不可欠であり、
さらにその二つをけんかさせずに協調させることが必要なのである。
ロボット博士、森政弘氏の『退歩を学べ ロボット博士の仏教的省察』(アーユスの森新書)より抜粋
物事には必ず2面性がある。
どちらから見るかで同じものを見ても違ってくる。
たまに、自分とは逆の面を見てみるのもありですね。
バランス・・・