県立M高等学校の卒業式が近付いたある日、ビデオカメラを手にした男子生徒二人がやってきて告げた。
「うちの高校では、毎年卒業生にビデオレターを観てもらうことになっています。
三年間、お世話になった方や思い出に残っている人から三分間ほどのメッセージをもらって、卒業生全員で観るのです。
つまり"送る言葉"だよね。身に余る光栄!喜んでお受けいたします」
私は三つのメッセージを語った。
卒業生が二年生の時、他校へ転勤された生物の教師O先生の登場には拍手が起こった。
O先生は、
「何度も教えたよね。一組の両親から生まれる子どもには、約七十兆通りの組み合わせがあって、二つと同じものがないということ。忘れるなよ。
君たち一人ひとりは、七十兆分の一の確率で選ばれて、この世に生まれて来たんだ。これってすごいことだよ。こんなすごい生命を大切にするんだぞ!」
そして最後のメッセージになった時、映し出された人物を観て、全員が絶句した。
いや、誰も、"なぜ?"と思った。
実は、スクリーンから笑顔いっぱいに語りかけてきたのは、高校三年になったばかりでこの世を去った同窓生のA君だったからである。
「みんな、卒業おめでとう。
ボクも一緒に卒業式に出たかったけど、みんなが知ってる通り、脳腫瘍が悪性でさあ、あんまり長く生きられないんだ。
だからビデオレターで卒業式に出させて欲しいって、制作委員に頼んでおいたのさ。
絶対秘密でね。
今日が本邦初公開!
みんな、高校生活楽しかったね。
校門からの坂道の桜の咲く頃までは生きて、桜吹雪の中でみんなと弁当食べたかったなあ...。
ああ、いけない!
卒業式だもんね。
明るくやらなくっちゃ!
ボク、すごく楽しい高校生活が送れて幸せだった。
十分、人生生き切ったと思うよ。
みんな、"生まれてきてよかった""生きるってこんなに楽しい"と実感できるような人生をつくってね。
またどこかで会おうね。ボク、ちょっとだけ先に行くよ!みんな、ありがとう!」
誰もが泣いている。先生方も必死で涙をこらえておられる。
その時、女子生徒のE子さんが立ち上がり、大粒の涙を落としながら叫んだ。
「A君、私、生きていくことに決めた。
今、死にたいぐらい苦しいけど、A君の言葉を聞いて、私決めた。
私、死なない!生きていく!A君、誓うよ!私、生きていくからね!A君、ありがとう!」
突然、大きな拍手が起こった。
その場に泣き崩れた彼女に向かって全員が精一杯の拍手を送っている。
彼女の三年間が、ひきこもりと短期登校の繰り返しであり、一番苦しんでいたのはE子さんであることを知っているからだ。
仲間たちのエールを込めた温かい拍手はいつまでも続いた。
篠原鋭一氏の『みんなに読んでほしい 本当の話 第3集』(興山舎)より抜粋
自分たちが生きているありがたさを、忘れがちですね。