青森へ行った帰りに、朝市に寄ってリンゴを買った。
こちらが、「キズのあるリンゴの方が甘いんですよね」と言うと、おばあさんが、「東京のひとのようだけど、よくごぞんじです。
みんなにきらわれています」という意味のことを土地の言葉で言った。
キズのついたリンゴ。
なんとかそれをかばおうとして、力を出すのであろう。
無キズのリンゴよりうまくなるのである。
人間にも似たことがある。
試験を受ければ必ず合格、落ちるということを知らない秀才がいるものだ。
他方では落ちてばかりいる凡才がたくさんいる。
もちろん、秀才の方がえらくなるけれども、落第ばかりしていた人が、のちになって、たいへんな力を発揮、かつての秀才を追い抜くことも、ときどき起こる。
K氏は大組織のトップであった。
その前は官僚として最高のコースをのぼりつめた大物だった。
あるとき、その組織でちょっとしたトラブルがおこった。
K氏は「私は相談を受けていない。知らなかった」と言った。
責任回避。
トップに相談しないで、できることではないのは内部の者には明々白々である。
しかし、苦労を知らないK氏は、もっともまずい、言いのがれをした。
たちまち一般からの非難を浴び、やめたくないポストを投げ出さざるを得なくなった。
失敗を知らない、すばらしい経歴がアダになったのである。
H氏は家が貧しく、小学校すらロクに出なかった。
昔だから、そんなことが許されたのであろう。
両親が早く亡くなり、いろいろつらい目にあいながら、二十歳になるかならずかのとき世界的発明をした。
ところが関東大震災でハダカ同然になり、さらにあくどい同業者から商売をうばわれるといったこともあったが、H氏は、めげず、へこたれず、努力をつづけて大企業を育てた。
いくつものキズを受けながら、それを乗り越えて大器になったH氏は、普通の人間に勇気を与える。
外山滋比古氏の『リンゴも人生もキズがあるほど甘くなる』(幻冬舎)より抜粋
失敗や試練をくぐりぬけることにより人は、真の強さ、深い人間味を手に入れる。
そして、深い魅力的な人間となるのでしょう。