ある年の四月、底抜けに明るい女子社員が入ってきた。
Kさん、二十歳。
総務課へ配属された。
お客様なら「いらっしゃいませ!」、他の課員なら「こんにちは!」と大声で挨拶する。
あまりの声の大きさに、一歩退いてしまうほど。
まるで、威勢のいい魚屋さんだ。
たぶん新人なので、人事課の新人研修をバカ正直に守っているのだろう、と思っていた。
その後も、その勢いは止まらなかった。
Kさんは、ビルの廊下やエレベーターの中で、すれ違う人すべてに、「こんにちは!」と連呼する。
正直、少し戸惑っていた。
同じ会社の中で、全く面識のない人にも「こんにちは」と言うことに、違和感を覚えていたのだ。
せいぜい一礼するくらいが、自然ではないかと。
ところが、夏を迎える頃、社内に異変が起きた。
他の課の女性も「こんにちは」と言うようになってきたのだ。
全く、名前も顔も知らない女性から挨拶されると、ドギマギしてしまう。
小さな声で、「こんにちは」と返事をする部課長の姿が、アチコチで見られるようになった。
それは、人から人へと伝染していった。
やがて、男性も女性も、平社員も管理職も「こんにちは」と挨拶するようになってしまった。
すると、あら不思議、いつの間にか私自身が抱いていた違和感もなくなったのだ。
腐ったみかんが一つでもあると、みかん箱の中は全部腐ってしまうという。
Kさんの場合は、その逆だ。
たった一人の元気が、全員に伝染したのである。
それも、一年かかって。
ふと思った。
ひょっとして、たった一人の力でも、世の中は変えられるんじゃないかと。
言い訳していただけじゃないかと。
会社という組織の中に、長いこと居るせいで、心がくすんでいたのかもしれない。
翌年もまた、総務課に新人が配属された。
Kさんの隣に座って、「いらっしゃいませ!」「こんにちは!」と大声が響く。
パワーは二倍になった。
志賀内泰弘氏の『元気がでてくる「いい話」』(グラフ社)より
ガンディーの「塩の行進」を思い出します。
変革はたった一人から始まるのですね。