あのことは今のためにあったのだ?
あなたは電車に乗っています。
電車の中で他人に足を踏まれたら、おそらく踏んだ人を責めますよね。
睨んだり、、、
さて、また違う人に踏まれたら、踏んだ二人目を責めるでしょうか?
わたしなら、、、、責めるかな?!
さらに、三人目に踏まれたら、いよいよ自分で考えるかもしれません。
「自分の立っている場所が悪いのではないか?私が踏まれないように注意しなくては」と
つまり、自分に問題、原因があるのではないかと考えるようになるわけですね。
始めからこんな考えができれば、みんな少しずつ優しくなれるかもしれませんね。
言い換えれば、
人は、いいことも悪いことも、すべてひっくるめた環境の下で、人間の幅が広がっていくのかもしれません。
自分の前の出来事、現実が辛い、困難なことであっても自分にとっての未来に繋がる意味があるのでしょう。
自分のこととしてとらえていくのですね。
「あのことは今のためにあったのだ」と思う瞬間を信じて