子供のころ親からよく言われた言葉に
「己の欲せざる所、人に施すこと勿(なか)れ」というものがあります。
この「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ」という言葉は、小学一年生でも分かるようです。
「自分がやられて嫌なことは、人にしてはいけないよ」ということ。
「自分がやられて嫌なことは人にするな」、これは日本の道徳の基本なのかもしれません。
わたしたちが社会生活をしていく上で、
時には意見や利害の対立も起きることがあります。
そのような時のために、法というものが定められています。
最低限、人々の生命や財産、人権などが侵された場合のことを想定して。
でも、法を侵さなければ自由に振る舞っていいのか?!
そういうわけにはいきません。
人々の権利同士がぶつかり合う状態になってしまうと、
人間関係がギクシャクしてしまうものです。
でも、法の外側にクッション、緩衝材があれば、
権利同士がぶつからない、あるいはぶつかっても衝撃を吸収できるものです。
そのクッションの役目を果たしているのが、道徳なのかもしれません。
もし、人から何か嫌なことを言われた。
じゃあ、その相手を訴えるか。
それはできない。
だけど、自分がされて嫌なことは、人に言うのはやめようと思う。
みんなが「自分にされて嫌なことは、人にするのをよそう」と思えば、
個々人の権利と権利がぶつからず、人間関係がギスギスしない。
人間関係に道徳のクッションができます。
そういうクッションがたっぷりある社会は、
暮らしやすい社会ということになるのでしょう。